Kazuの自由に生きる道

オーストラリアのワーホリ情報を発信していきたいと思います。シドニー、ケアンズ、アサートン、カナナラ kazufumi.tsujita@gmail.com

日本帰ります。オーストラリアでのワーホリを1年終えて。シドニー編

こんにちは。かずです。

 

ワーホリ1年目が終わり、2年目に入る前に東京と地元の高知でやることがあったので、日本に一時帰国しています。

先週の月曜日にアサートンを出てケアンズに行き、水曜日のフライトで日本に帰る予定でしたが、友達に頼まれて火曜日に急遽ファームで働くことになったので、水曜日にアサートンを出てその日に日本帰ることになりました。

僕としてはお金も入るので働けて良かったですが、金曜日にファームの人たちにお別れの挨拶をしていたので、みんなに会うたびに事情を説明するのが煩わしかったです笑。

 

さて、オーストラリアで1年目のワーホリが終わったわけですが、今日はちょっとこの1年を振り返ってみようかなと思います。

 

大学生の時から海外生活に憧れてたけどなかなか一歩が踏み出せず、それはそれは平凡で退屈な大学生活を過ごしました。卒業してから2年ぐらいして、海外行くなら若いうちがいいと思い、仕事を辞めオーストラリアにワーホリに行くことに。

海外に行きたいと思っていた理由は、海外に行けば楽しめると思ったからかな笑。英語の習得とか、外国人の友達を作りたいとかは2の次3の次でとにかく楽しむ、自分らしくいることだけを考えてました。

 

最初の5ヶ月はシドニーで語学学校に通いながジャパレスでバイトをしていました。

 

シドニー空港に着いた時のあの気持ちのいい緊張感。中学や高校のときの大事なサッカーの試合の時に感じてた緊張と同じだったな。あの緊張感はほんと最高。

着いた次の日からシェアハウス探し。電話してアポ取って聞いた住所を地図で探しながら歩き回っていました。電話何言ってるかほんと分からなかった笑。それでもなんとかなるからすごいよね。電話するたび緊張してました。

セントラルステーションから電車で20分ぐらいの週150ドルのオウンルームに決まり、モンゴル人の若い夫婦と一緒にフラットに住んでいました。

 

語学学校は6クラスあるうちの上から2つ目のクラスに入れられ、ヨーロピアンばかりの中での授業。正直ついていけてなかった笑。文法はわかるけど、スピーキングとリスニングがだめだめ。周りが何言ってるのか分からない。最初の1週間、夜寝るとき頭の中で先生の英語がずっと聞こえて頭痛もしていました。それでも1ヶ月後には耳が慣れてきて、いつの間にかみんなの英語が聞こえるように。スピーキングは最後まであんまり伸びた気しませんでした。1クラス15人ぐらいいるので、1人1人が話す時間は短いですからね。日本では習わないような、細かな違い(willとbe going toの違いなど)をたくさん知れたのは良かったです。

 

ジャパレスはキッチンで4ヶ月働いていました。ジャパレスですが、日本人のスタッフは少なく、キッチンは僕だけ日本人という日もあり、英語でコミュニケーションが取れたのは良かったです。

よく、ジャパレスは日本語環境のため、意識の高いワーホリの人たちには敬遠されがちですが、意外に日本以外の国の人でも働いてることが多く、キッチンではなくホールで働けば接客をする必要があるので、英語を使う機会はあります。

 

シドニーにはジャパレスは本当にたくさんあるので、ジャパレスでよければ仕事は間違いなくすぐ見つかります。僕は1件目で採用してもらいました。日豪プレスやJamsを見ればたくさん載ってます。仕事終わりにまかないがもらえるのも良いですね。

僕の場合、全く料理の経験なんてなかったのに雇ってもらい、包丁で指切ったり料理焦がしたりとかまぁ迷惑かけたけど、良い人たちに囲まれていい職場でした。でも、俺にキッチンの仕事は向いてないな笑。複数の料理を同時に作ったりなど、並行してたくさんのことをやる必要があるのですが、今思うとよくあんなことできてたなって思います笑。

 

シドニーですが、いいところですよ。オーストラリアで一番大きい都市で数多くのいろんな種類のお店があり飽きないです。綺麗なビーチもいくつかあります。人はそこそこ多いですが、東京に比べたら全然大したことはなく、電車も満員電車になることはありません。

 

2年目はローカルの仕事を探しにシドニーにまた住む予定なので、そのときにシドニーについていろいろ書ければと思います。

 

それでは